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京都地方裁判所 平成3年(ワ)808号 判決

原告

曽根有美(旧姓萓谷)

被告

渕上勝

主文

一  被告は、原告に対し、金三三七万八五九九円及びこれに対する昭和六二年三月一三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一三分し、その一〇を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、右第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四〇一八万三六八七円及びこれに対する昭和六二年三月一三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六二年三月一三日午前二時二五分ころ

(二) 場所 京都市東山区三条通白川橋東入七丁目東分木町二八三番地先府道

四ノ宮四ツ塚線路上

(三) 態様 被告は、助手席に原告を同乗させて普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転中、被告車を本件道路側端の防御壁、街路樹、郵便ポスト及び電柱に衝突させた。

2  責任原因

被告は、飲酒運転の上、前方の注視を怠つた過失により本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷、治療経過及び後遺障害

原告は、本件事故により頭蓋骨骨折、多発性脳挫傷、左急性硬膜下血種、外傷性頸部症候群、外傷性瘢痕等の傷害を受け、別紙入通院経過表のとおり事故当日である昭和六二年三月一三日から平成二年四月一七日までの間(入院期間一五五日間、通院実日数七四日)、医療法人清仁会シミズ病院(以下「シミズ病院」という。)、医仁会武田総合病院(以下「武田病院」という。)ほかで治療を受け、頭部の神経症状及び瘢痕等の後遺障害を残して平成二年四月五日症状が固定した。

4  損害 四六二五万八八一七円

(一) 治療関係費用(診断書料を含む。) 三一一万五四一〇円

(1) 治療費 三〇九万八九三〇円

(2) 診断書料 一万六四八〇円

原告は平成二年五月二日、シミズ病院作成分につき一万三三九〇円、武田病院作成分につき三〇九〇円の診断書料をそれぞれ各病院へ支払つた。

(二) 装身具(カツラ)料 五二万三五五〇円

原告は、頭部の外傷性瘢痕による外貌の醜状を覆うため、装身具(カツラ)を必要とするものであり、右カツラに要した費用は、次のとおりである。

昭和六二年五月二九日支出分 二万四〇〇〇円

平成二年三月三〇日支出分 一万円

平成二年五月二一日支出分 四八万九五五〇円

(三) 付添看護費用 一三一万五〇〇〇円

原告の入院期間のうち、母親は全期間(一五五日間)、父親は土曜日及び日曜日毎(四四日間)、祖母は六四日間それぞれ原告の付添看護に当たつた。付添看護費用は、一人あたり一日につき五〇〇〇円とすると次の式のとおり一三一万五〇〇〇円となる。

5,000×155+5,000×44+5,000×64=1,315,000

(四) 入院雑費(医師らへの謝礼を含む。) 六一万四二〇〇円

入院雑費は一日につき一五〇〇円として一五五日分の二三万二五〇〇円医師、看護婦らに対する謝礼は三八万一七〇〇円

(五) 交通費 四一万六四二七円

(六) 休業損害 五五七万五四三二円

原告は、本件事故当時ピアノ講師及び飲食店のアルバイト等の職によつて、右事故直前の就労期間三か月間に一日平均約六六九四円の収入を得ていた。しかし、原告は、本件事故によつて、

(1) 昭和六二年三月一三日から同年一一月二一日までの二五四日間、その労働能力の全てを喪失し、

(2) 昭和六二年一一月二二日から平成二年一月四日までの七七五日間、その労働能力の七〇パーセントを喪失し、

(3) 平成二年一月五日から同年四月五日までの九一日間、その労働能力の四〇パーセントを喪失していたから、原告の本件事故による休業損害は、次の式のとおり五五七万五四三二円となる。

(6694×1×254)+(6694×0.7×775)+(4694×0.4×91)=5,575,432

(七) 後遺障害による逸失利益 一九六〇万二七九八円

原告は、前記後遺障害により症状固定の年(この年、原告は二三歳である。)から就労可能年数である六七歳までの四四年間三五パーセントの率で労働能力を喪失したから、新ホフマン方式によりその症状固定時における逸失利益の現在価格を算出すると、次の計算式のとおり一九六〇万二七九八円となる。

6,694×365×0.35×22.923=19,602,798

(八) 傷害による慰謝料 四〇〇万円

(九) 後遺障害による慰謝料 八〇〇万円

(一〇) 物的損害 九万六〇〇〇円

本件事故によつて、原告が本件事故当時着用していたスーツ(七万円)、靴(二万円)及び下着類(六〇〇〇円)が損傷した。

(一一) 弁護士費用 三〇〇万円

原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、報酬の支払を約したが、その額は三〇〇万円である。

5  損害の填補 六〇七万五一三〇円

原告は、本件事故の損害の填補として、被告加入のいわゆる任意保険から二九一万五一三〇円の、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から三一六万円の支払を受けた。

よつて、原告は被告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害賠償として、前記5の各保険からの給付額を控除した残額四〇一八万三六八七円及びこれに対する右事故の日である昭和六二年三月一三日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(本件事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)の事実は認める。

3  同3(原告の受傷、治療経過及び後遺障害)の事実は認める。

4  同4(損害)の事実のうち、(一)(治療関係費用)の〈1〉(治療費)は認め、その余は争う。

本件事故による原告の後遺障害は、自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)によれば、併合一一級であり、その内訳は、神経症状(等級表一二級一二号)、頭部の瘢痕(一二級一四号)、右下肢の醜状痕(一四級五号)、嗅覚機能の減退(一四級相当)、味覚障害(非該当)であるが、そのうち原告の将来の就労能力に影響を与えるものは神経症状のみである。従つて、原告の後遺障害による逸失利益の算定にあたつては、同症状による労働能力の喪失割合は一四パーセント、喪失期間は一〇年で漸次逓減するものと考えるべきである。

5  同5(損害の填補)の事実は認める。

三  被告の抗弁

(好意同乗)

原告は、事故前夜から長時間被告とともに飲酒し、事故当時被告が飲酒酩酊していることを知りながら被告車に同乗したものである。したがつて、原告及び被告は、単なる好意同乗者以上に、共同して本件事故を惹起させたものであり(共同危険関与型)、原告にも重大な過失があるので、全損害額からその五割を減額すべきである。

四  抗弁に対する認否

原告は、被告の飲酒状況を知らなかつた。原告は、事故当時、被告から無理矢理に被告車に同乗させられたものであつて、原告に帰責事由はなく、損害につき減額すべきではない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)、同2(責任原因)及び同3(原告の受傷、治療経過及び後遺障害)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  原告の後遺障害の内容・程度について判断する。

前示の当事者間に争いのない事実に加えて、成立に争いのない甲第二及び第三号証並びに乙第九号証、証人萓谷隆志(以下「証人隆志」という。)の証言により真正に成立したものと認められる甲第七ないし第九号証、第一六及び第一八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四及び第五号証、証人隆志が原告を撮影した写真であることが当事者間に争いがなく、証人隆志の証言により、平成二年三月一九日に撮影されたものと認められる検甲第一号証、平成三年一二月一五日に撮影されたことが認められる検甲第二、第三及び第四号証、昭和六二年七月一七日に撮影されたことが認められる検甲第五及び第六号証、昭和六三年二月二八日に撮影されたことが認められる検甲第七号証、平成二年三月一四日に撮影されたことが認められる検甲第八号証、同証人の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合考慮すれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原告は昭和四一年一二月九日生の女性であり、本件事故によつて前示一のほか右大腿骨・左脛骨・挫骨・恥骨骨折等の傷害を受け、前示一のとおりシミズ病院等で入通院して治療を受けた。すなわち、原告は、シミズ病院で、昭和六二年三月一三日から同年七月二日までの入院期間間中に頭部及び下肢の傷害の手術を、同年八月一一日左膝の抜釘を、同年一一月一六日から二一日の入院期間中に右大腿部のプレート摘出をそれぞれ受け、また、武田病院で、下肢及び頸部の瘢痕の形成手術を受けた。

2  原告は、右各病院で前示のような治療を受けたが、就労能力及び記憶力の減退・手術後の失語症(一回)、外傷性癲癇、嗅覚脱失、味覚低下、外傷性瘢痕(頭部《右頭頂部から左乳突部にわたる幅〇・五ないし一・〇センチメートル、長さ二五センチメートル、骨弁による整復部にやや陥凹がある手術痕》、頸部《一・五センチメートル》、右大腿部《二四センチメートル》、左膝部《一七センチメートル》)を後遺障害として残して、頭部神経系統の障害、嗅覚及び味覚障害においては平成二年四月五日、外傷性瘢痕においては同月一七日にそれぞれ症状が固定した。

3  原告は、その間の昭和六三年夏ころ、急に白目をむいて痙攣を起こす症状に見舞われた。以後、同様の病状は再発していないものの、抗痙攣剤(デパゲン)を服用している。

そして、関西医科大学岡村芳郎医師は、「デパゲンが他の抗痙攣剤に比して副作用が少ないものの、服用者の奇形児発生率は一般の発生率の二、三倍である。抗痙攣剤を使用している女性の分娩の際、陣痛によるストレスにより痙攣発作が誘発され易く、また、脳圧が亢進するため頭蓋内出血を起こす可能性が高く、帝王切開術を行わざるを得ない可能性も高い。更に、帝王切開術によつて合併症の発症する可能性も高い。このようなことを患者及び家族に対して充分説明をすべきであるが、この説明自体が患者にとつて不安、ストレスとなり、妊娠中などの不安定な精神状態を悪化させることとなる。患者が妊娠自体命懸けとなる身体となつたと思うことは、患者にとつて相当な精神的負担を負うものと考えられる。」との意見を述べている。

三  そこで、請求原因4(損害)について判断する。

1  治療関係費用 三一〇万四九三〇円

(一)  治療費 三〇九万八九三〇円

請求原因4の(一)(1)(治療費)の事実は当事者間に争い。

(二)  診断書料 六〇〇〇円

前掲甲第三号証、第一八号証及び乙第九号証、証人隆志の証言により真正に成立したことが認められる甲第一七号証、同証人の証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、シミズ病院及び武田病院でそれぞれ診断書を作成してもらつたこと、シミズ病院の作成にかかる診断書の代金は一通あたり少なくとも三〇〇〇円であることが認められる。ところで、右両病院作成にかかる診断書のうち、本件訴訟において証拠として提出されているものはいずれもシミズ病院が作成した昭和六二年八月一一日付け診断書(乙第九号証)及び平成二年四月二七日付け診断書(甲第三号証)の二通のみであり、その余のシミズ病院及び武田病院作成にかかる診断書は提出されていないことは顕著な事実である。右二通の診断書はいずれも本件訴訟において必要性が認められるから、右二通の診断書の作成費用は、本件事故と相当因果関係にある損害と認められ、その額は六〇〇〇円である。その余の診断書については本件事故による損害であると認めるに足りる証拠はない。

2  装身具(カツラ)料 五二万三五五〇円

証人隆志の証言により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一及び二、第一二、第一三号証、前掲甲第一六、第一七、第一八号証、検甲第一ないし第四号証、証人隆志の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、頭部の瘢痕を覆い隠すため、昭和六二年五月二九日カツラ及びカツラ用スプレーを購入し、その費用として二万四〇〇〇円を支出したこと、平成二年三月三〇日にもカツラを購入し同日に内金として一万円、同年五月二一日に残金四八万九五五〇円を支出したことが認められる。そして、前示二のとおり、原告は、本件事故による後遺障害として頭部に幅〇・五ないし一・〇センチメートル、長さ二五センチメートルの瘢痕(骨弁による整復部にやや陥凹がある。)を負つており、右瘢痕の部位・程度、原告の年齢、性別等の諸般の事情に鑑みれば、右カツラに要した費用五二万三五五〇円は本件事故と相当因果関係にある損害と認められる。

3  付添看護費用 三九万八二五〇円

前示二のとおり、原告は本件事故の当日である昭和六二年三月一三日から同年七月二日までの間シミズ病院に入院して治療を受けていたが、前掲甲第一八号証及び証人隆志の証言によると、右期間のうち、母親は全期間(一一二日間)中、父親は昭和六二年三月一三日から同月一六日までの間は毎日、以後は土曜日及び日曜日毎、祖母は昭和六二年三月一三日から同年五月一五日までの期間(六四日間)中、それぞれ原告に付添い、看護等に当たつていたことが認めれる。そこで、本件事故と相当因果関係のある損害として、右いずれもの付添看護料を認否できるかを判断する。

前掲甲第一八号証、証人隆志の証言によれば、原告は本件事故当日から昭和六二年五月三日まで意識不明状態であつたこと、その間原告は無意識にベツトから起き上がろうとしたり、点滴注射針を抜こうとしたり縫合部の糸を抜こうとしたりしたこと、右期間中原告の意識の回復を促すために、付添人が頻繁に原告に音楽を聞かせたり、話し掛けたり、擦つたりするなどの刺激を与えることが必要であつたこと、職業付添家政婦には近親者のようなきめこまかな付添看護が期待できなかつたこと、原告は昭和六二年五月三日に意識を回復した後少なくとも七月二日の退院日までは昏睡状態を招く等重篤な意識障害を発生させていないことが認められ、右事実と原告の受傷の程度・内容、治療の内容・経過など諸般の事情をも併せ考慮すると、原告は右入院期間のうち受傷時から意識回復時から二週間を経過した日である昭和六二年五月一九日までの間(六五日間)、近親者の情愛によるきめこまかで労を厭わない付添看護を必要としたと認めるのが相当である。しかし、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、原告の右入院当時、同病院は完全看護体制であつたことが認められるものの、右事情等に鑑みると付添人は一人を要するものと考えられるから、一人分(付添看護料は一日あたり四五〇〇円が相当である。)の六五日間の付添看護料及びその余の四七日間については隔日の付添看護料が本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。そうすると、その額は二九万二五〇〇円(六五日間)及び一〇万五七五〇円(二三・五日間)である。

4  入院雑費 一七万六五〇〇円

(一)  入院雑費 一七万六五〇〇円

前示二のとおり原告は、昭和六二年三月一三日から同年一一月二一日までの間シミズ病院で入院し(入院日数一一八日)、昭和六三年五月一三日から平成二年一月四日までの間武田病院に入院し(入院日数は、昭和六三年度は一八日、平成元年度は一五日、平成二年度は四日)、いずれも治療を受けていたが、右入院期間中の雑費は、一日あたり、昭和六二年度は一一〇〇円、翌六三年度は一二〇〇円、平成元年度は一三〇〇円、同二年度は一四〇〇円と認めるのが相当であるから、原告の本件事故と相当因果関係にある入院雑費は、次の計算式のとおり一七万六五〇〇円である。

(1,100×118)+(1,200×18)+(1,300×15)+(1,400×4)=176,500

(二)  医師らへの謝礼 〇円

証人隆志の証言により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、前掲甲第一六ないし第一八号証及び証人隆志の証言によれば、原告のシミズ病院での入院治療中(昭和六二年三月一三日から同年七月二日までの間)、医師、看護婦らに謝礼として合計二八万一七〇〇円相当の金品を、昭和六三年五月一〇日に原告の武田病院での入通院治療に携わつた医師に謝礼として一〇万円を贈つたことがそれぞれ認められるが、原告の症状、治療状況などに照し患者である原告側として感謝の趣旨を込めて何らかの謝礼をしたい気持ちとなることは了解されるとしても、これらを本件事故による損害として被告に負担させるべきではない。

5  休業損害 二三万八九三二円

(一)  まず、事故当時の原告の収入を判断する。

前示一、二の事実に加えて、前掲甲第一六及び第一八号証、乙第八及び第九号証、成立に争いのない乙第一〇号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証(ただし、後記採用できない部分を除く。)、原告本人尋問の結果を総合考慮すると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、昭和四一年一二月九日生の女性で、本件事故当時、大阪音楽大学短期音楽部ピアノ科に在籍し(昭和六二年三月に同校を卒業した。)、楽器メーカーが主催する音楽教室のピアノ講師としてアルバイトをするかたわら、昭和六三年二月半ばから、主にコーヒーとスナツクを扱う飲食店「ホリデイハウス」にウエイトレスとして一週間のうち一、二日程度のアルバイト(勤務時間は午前六時から同九時までであつた。)を、昭和六二年二月ころから服飾店「ハートハント」に服の販売担当員として一週間に二、三日程度のアルバイト(勤務時間は午前一一時から午後五時までであつた。)をしていた。

〈1〉 ピアノ講師として原告は、事故当時居住していた京都府宇治市小倉西浦八八番地所在の実家付近の子供六名と、大阪在住の子供二名にピアノを教えており、月額四万四〇〇〇円の収入(生徒の月謝は、実家付近の子供は一人あたり五〇〇〇円、大阪在住の子供は一人あたり七〇〇〇円であつた。)を得ていた。

〈2〉 原告は、ハートハントから月額約四万八〇〇〇円(なお、時給に換算すると少なくとも六六六円《一日六時間の勤務で、一週に三回出勤したとして計算した場合》はあつたことになる。)の収入を得ていた。

〈3〉 ところで、原告は、ホリデイハウスからの月額収入は、五万三〇〇〇円であつたと供述し、甲第一四号証にもこれに副う記載がある。前示認定したところによると、原告の同店での稼働時間は、最も多く見積もつても一月に二四時間であるが(一日三時間の勤務で週二回出勤したとして計算した場合)、これを基礎に原告の同店での時給を少なく見積もつて計算しても、時給約二二〇八円となる。しかし、この時給額は同店での原告の職務内容に照して高額に過ぎること、ハートハントの時給額(一日六時間で一週間に二日間出勤したとして、最も高く見積もつても時給一〇〇〇円である。)と比べて不均衡であること等に鑑みると右収入額をにわかに採用することができない。そこで、ホリデイハウスでの時給は、賃金センサス昭和六二年全国性別・年齢階級別の平均給与二〇ないし二四歳女子労働者の「きまつて支給する現金給与額」月一四万六六〇〇円を基準に算出するのが相当であると考え(時給は約六一〇円となる。)、これを基礎に原告のホリデイハウスの月収を計算すると(610×3×2×4=14,640)、一万四六四〇円となる。

他方、原告が、ピアノ授業料以外にカワイ音楽教室から三万二〇〇〇円から四万七〇〇〇円までの金額の収入を得ていたことを窺わせる甲第一四号証が存するけれども、原告本人尋問の結果によるも右収入の趣旨及び存在を把握し難く、他に右収入の存在を信用するに足りる証拠はないから、右収入は認めないこととする。

以上からすると、原告の本件事故当時における月額収入は、次の計算式のとおり、少なくとも一〇万六六四〇円であつたと認められる。

44,000+48,000+14,640=106,640

(二)  次に、前示二のとおり、原告は昭和六二年三月一三日から平成二年四月一七日までの間(ただし、脳障害に起因する後遺障害の症状固定日は平成二年四月五日、外傷性瘢痕の同日は同月一七日である。)シミズ病院ほかで入通院して治療を受けていたものであるが、前掲乙第八号証、証人隆志の証言及び原告本人尋問の結果によると、原告は昭和六二年七月ころから、ピアノ講師のアルバイトとして一週間に一日の割合で五人の生徒へのレツスンを再開し、結婚後も継続していること、同アルバイトによる収入は、再開後二か月間は月額二万五〇〇〇円しかなかつたが、その後は事故前の収入に見合う額にまで戻つたこと、事故前と比べて楽譜の暗記やリズムをとる能力が低下していたこと、また、ピアノ講師の仕事で現在は月収三〇万円を稼いでいることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、前示のとおり原告は、本件事故当時、ホリデイハウス及びハートハントでアルバイトを行つていたものではあるが、原告本人尋問の結果によると、いずれも当時在籍していた音楽大学の学業やピアノ講師のアルバイトに抵触しない範囲で行われていること、原告はピアノ奏者としての専門的技能を有する者であるが、右いずれのアルバイトの職においても原告の右技能を活かせる職種ではないことが認められ、右事実からすると、ホリデイハウス及びハートハントのアルバイトは、音楽大学の休み期間中(昭和六二年二、三月)の暇な時間を利用して行うという短期のアルバイトであつたと強く推認され、音楽大学を卒業し就職した後まで継続して行つているものとは考えられないものである。そうすると、原告の音楽大学卒業時は昭和六二年三月であつたから、右アルバイトへの就労期間は遅くとも昭和六二年三月末日までと推認するのが相当である。他方、ピアノ講師のアルバイトは、前示のとおり、昭和六二年七月ころから再開していること、結婚後も続けていること、原告の専門的技能を活かし得る職業であることなどに鑑みれば、少なくとも就労可能年齢までの間は続けることが推認される。

(三)  以上の事実をもとに、原告の本件事故による休業損害を算定すると、本件事故当日から同月三一日までの間(一九日間)は、ピアノ講師、ホリデイハウス及びハートハントのアルバイト料(日額約三五五四円)の全割合を、昭和六二年四月一日から同年六月三〇日までの間(九一日間)は、ピアノ講師のアルバイト料(日額一四六六円)の全割合を、七月一日から八月三一日までの間(二か月間)は、事故前のピアノ講師の月額アルバイト料から二万五〇〇〇円を引いた差額(月額一万九〇〇〇円)を喪失したものと認めるのが相当である。ところで、原告には、昭和六二年九月以降は事故前の収入と事故後の収入との間に減少差額を認めることができないから、同月以後の休業損害を認めることはできない。

そうすると、原告の休業損害の額は、以下の計算式のとおり、二三万八九三二円である。

(3,554×19)+(1,466×91)+(19000×2)=238,932

6  交通費 〇円

(一)  原告本人の交通費 〇円

原告は、その請求にかかる交通費の支出の証拠として第一五ないし第一七号証(ただし、交通費に関する記載の部分)及び甲第一〇号証の一ないし六三を提出しているが、前掲甲第一八号証及び証人隆志の証言によれば、右書証はいずれも原告の父である証人隆志、母、祖母及び弟の交通費の支出を裏付けるものであることが認められるが、原告自身の入通院時の交通費の支出を推認させるものではない。その他、原告自身が支出した交通費を的確に認めるに足りる証拠はない。

(二)  近親者の交通費 〇円

証人隆志の証言により真正に成立したことが認められる第一五ないし第一七号証及び甲第一〇号証の一ないし六三、前掲甲第一八号証及び証人隆志の証言によれば、原告の入通院治療に際し、その父である隆志、母、祖母及び弟が、頻繁に通院し、合計四一万六四二七円の交通費を支出していることが認定できる。

ところで、長期間に及ぶ右近親者の支出した交通費はその必要性が明らかでなく、本件事故と相当因果関係にある原告の損害とするわけにはいかない。(なお、前示3の近親者の付添看護費には、付添人の通常の交通費が含まれている。)

7  後遺障害による逸失利益 〇円

前示5に認定判断したとおり、原告は、昭和六二年九月以降は、ピアノ講師のアルバイト料につき事故前の額にまで回復し、現在においては、事故前の収入を上回る金額を稼ぐにまでなつていることが認められる。そうすると、後遺障害の症状固定時以後の逸失利益が現実に発生していないので、これを認めることができない。

8  慰謝料 七〇〇万円

本件事故の態様、原告の負つた傷害の部位及び程度、後遺障害の内容及び程度(特に、頭部瘢痕の部位・程度、脳障害の点については、てんかん発作発生の畏れが全くないとは断定できないこと)、岡村医師の意見、原告の年齢、性別、受傷後の原告の稼働状況(原告には現在減収が見られないが、このことは、本件事故の態様、治療経過等に鑑みると、原告の人並以上の努力、精進、精神力故にもたらされていると考えられる。)、通院に際しての原告の苦労(特に、昭和六二年八月一一日に左膝の、同年一一月一六日から二一日にかけて右大腿部の抜釘をそれぞれ受けていること、前掲甲第一六号証によると義肢の返還日は昭和六二年一二月一五日であること等に照らせば、原告は、同年一一月末日まで《この間の通院実日数は一〇日》は通院治療に車や義肢を要したと考えられる。)その他本件の審理に顕れた一切の事情を考慮すると、本件においては、右事故に起因する慰謝料として、七〇〇万円(傷害による分として三〇〇万円、後遺障害の分として四〇〇万円)とするのが相当である。

9  物的損害 〇円

物的損害については、これを認めるに足りる証拠はない。

以上、原告の損害は、合計一一四四万二一六二円となる。

四  更に、抗弁(好意同乗)について判断する。

1  前示一の事実に加えて、前掲乙第八号証、成立につき当事者間に争いのない乙第一〇、第一二、第二四、第二五、第二六号証、原告及び被告本人尋問の結果(ただし、原告本人尋問の結果については後記採用できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められ、この事実を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告は、宇治市小倉所在のホリデイハウスにアルバイトとして事故当日より二年半ほど前から勤務していた者である。被告は、同店の女性正社員らとともに、本件事故前日である昭和六二年三月一二日に、近鉄「小倉」駅そばの居酒屋「村さ来」で、同店のアルバイト員の送別会と新入りアルバイト員との親睦会を兼ねた飲食会を催すことを企画していた。被告は、右飲食会の前日、原告を同会に誘つたところ、原告は右会への参加を承諾した。

昭和六二年三月一二日午後七時ころから、右居酒屋で、原告及び被告を含めて一三名の男女によるホリデイハウスの飲食会が始まつた。右居酒屋店内で、原・被告らのグループは、男女が交互に座る形(原告と被告は隣接して座つてはいなかつた。)で一つのテーブル(細長い形をしたテーブルで、幅は約二メートル、奥行は約一・五メートルであつた。)を囲み、飲食しながら専ら雑談を行つていた。ほとんどの者がビール、焼酎類(酎ハイ)を飲んでおり、被告も、同店でビール中ジヨツキ二杯と酎ハイ一杯半程を飲んだ。原告は、飲酒せず、焼鳥等の食べ物もあまり食べず、専らジユースを飲んでいた。

(二)  右飲食会は午後一〇時過ぎころ終了した。右飲食会参加者中、女性二名はこの時点で帰つたが、右飲食会参加者中一一名(原・被告を含む。)の者は、店外で、これから木屋町三条所在のカラオケ・デイスコ「キヤノン」に出かけることを話し合つた。原告は、周りの雰囲気につられて右デイスコに行くことを決意した。

右一一名は、一旦ホリデイハウスへ戻り、車三台に分乗して、右デイスコに赴いた(この時、原告は、被告の運転する被告車には乗らず、女性正社員の運転する車に同乗した。)。

原・被告らは、右デイスコで、一つのテーブルを囲んで座り、洋酒二本を注文して、本件事故当日である昭和六二年三月一三日午前一時ころまで、専ら飲酒しながら踊つたりして遊んだ。

(三)  同日午前一時過ぎころ、原・被告らは、右店を出て、寺町四条所在の駐車場に歩いて戻る際、被告が知つている琵琶湖沿いにある「なぎさ公園」にドライブに出掛けようと皆で話がまとまつた。駐車場に着いてから、正社員は一人で車を運転して小倉の方へ帰宅した。原告は、楽しそうに話をしながら被告車に乗込んだ。被告車では、運転席に被告、助手席に原告、後部座席に松本茂樹、宮田智、斉藤孝夫(松本及び宮田は原告の弟の高校の同級生で友人であつたことから、原告は、右両名と、ホリデイハウスで勤務している時からよく話す関係であつた。)がそれぞれ座つた。

被告は、原告を同乗させて琵琶湖畔に向かう途中、本件事故を引き起こした。

2  以上に対し、原告本人尋問の結果によれば、居酒屋「村さ来」に出向いたのは、被告が同店でアルバイト先のミーテイングをすると詐言を弄したからであり、同店で酒類が出されていたこと、被告が飲酒していたことを知らなかつたし、また、カラオケ・デイスコ「キヤノン」に赴いたのは、デイスコとは知らず、帰るに帰れない雰囲気に怖気付いて已むを得ず付いて行つたといい、同店でも被告を含め他の者が飲酒していたことに気付かなかつたというのであるが、ただちに採用し難い。すなわち、居酒屋「村さ来」及びカラオケ・デイスコ「キヤノン」内で原・被告らが同一テーブルを囲んだ状況からみても、原告が被告において飲酒した事実を知らなかつたとは到底信じられないことであり、原・被告を含む居合せた者が楽しみながら一団として行動をしていることは明らかであり、被告が飲酒の上、被告車を運転することを知りながら、原告は助手席に同乗し、本件事故に遭遇したものである。

3  よつて、原告は、被告が長時間にわたつて飲酒していることを知つた上、グループの行動の中で自らの意思により被告車に同乗したものというべきであるから、公平の見地から過失相殺の法理を準用し、前示の損害から二割を減額するのが相当である。

4  その結果、損害額は、九一五万三七二九円(一円未満切捨て)となる。

11,442,162×0.8=9,153,729.6

五  損害の填補

請求原因五(損害の填補)の事実は、当事者間に争いがない。よつて、原告の前示損害額から右填補分である六〇七万五一三〇円を差引くと、残損害額は、三〇七万八五九九円となる。

六  弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に依頼し、報酬の支払を約したことが認められるが、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として被告において負担を命ずべき弁護士費用の額は三〇万円と認めるのが相当である。

七  以上の次第で、被告は、原告に対し、本件事故の損害として三三七万八五九九円及びこれに対する本件事故の日である昭和六二年三月一三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて原告の請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三 大野康裕 鍬田則仁)

別紙 入通院経過表

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